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2014年2月11日火曜日

十三宮教会

日本帝国の国教である「日本国教会」の一派。指導者は十三宮一族が世襲。魔術などオカルティズムへの関心が強い「蛇遣派教会」の系譜に属し、戦時中や日共時代に激しく弾圧され、ヨーロッパの諸教皇からも異端視されているが、国教会に参加する事によって政府の保護を受ける事に成功した。

 現在の棟梁は聖だが、双子の勇は十三宮家を離脱し、妹の仁も将来未定のため後継者不足を抱えている。駿河県伊豆半島を拠点に東京にも進出し、数は多くないが幾つかの地方支部を有する。

 十三宮家の家紋は見ての通り、十字架に青い鳥を重ねたデザインであり、理想を目指す事と、身近な幸福を大切にする事を説いている。

 『Planet Blue』シリーズの主人公であるプレイヤー(あなた自身)が、初期設定で所属している勢力である。

日本民主共和国 星川軍浦和連隊

 関東北西部を支配する日本民主共和国(星川軍閥)のうち、北武県浦和市に拠点を置く分隊。星川結が連隊長、岩月愛が副隊長を務める。

 本来ならば浦和に常駐するはずだったが、隊長である結が東京市内で生活しているため、家臣の将兵らも東京政府の許可を取り、市内に駐留している事が多い。

 構成員は軍事班と行政班に分けられる。軍事班は、岩月の私兵集団である「太田騎士団」出身者が多くを占め、有事には命懸けで結を守る。行政班は結の友達や結に拾われた浪人などの民間人で、政務(実際には雑用と遊び相手)を担当する。最大兵力は公称7000人を誇るが、正確な実数は不明。

 宗教的には、出雲の女神クシナダヒメ(奇稲田姫)を祀る女体神社と関係が深く、結は幼い頃から境内で遊んでいた。

禍津日原第四学校

禍津日原第四学校クローバー
 「万民に教育の機会を」という自由大学運動を進める教育者らの尽力により、学校法人「帝都学院」とクレーター復興庁(禍津日原総督府)の共同出資で創立された、半官半民の教育機関。

 「落ちこぼれ」や不登校、あるいは他者に口外しにくい諸々の事情により、義務教育や高等教育を受けたくても受けられない「教育弱者」を積極的に受け入れている。そのためか個性的な学生が多く、「馬鹿と変態しかいない」などと差別的に語られる事すらある。安い学費と緩い校則で知られるが、設備や課外活動は軽視されている。

 復興前の禍津日原は日共残党の巣窟であり、設立に携わった大牧実葉・葉山円明も同派出身との情報がある。かつてテロ活動に参加して復興庁に鎮圧され、更正・社会復帰訓練を兼ねて勤務している職員も少なくない。経営方針にも社会主義の影響が見られ、校長職を置かず、教職員や関係者の合議で諸事が決まり、総督府が許可を出す。

 第四学校周辺には「大牧グループ」などと呼ばれる広範な人脈があり、その実態は総督府も把握しきれておらず、特務機関が監視に努めている。天河和茂(テロリスト)・雪花晴久(売春経営)のように、表では我が子を入学させて保護者の顔をしながら、裏では違法・脱法行為に手を染めている者すらおり、有事には「自警団」と称して武装する。

 校章は、第四学校の「四」を四葉のクローバーに託し、学生の幸を願っている。また、四葉には十字架=天主教につながる意味もあると言われる。

大日本皇国 会津軍閥

会津軍閥会津軍旗
 会津盆地を中心に、岩代県(旧 福島県)・水原県(旧 新潟県)など陸奥・北陸地方を統治する軍閥。正式名称は「大日本皇国」。

 七月革命で会津を占領した泰邦清継が臨時首相・陸軍大臣を務め、北陸を支配する馬坂越後守からも協力を得ている。日本帝国(東京政府)が伝統に背いて女帝を擁立し、アメリカ連邦への依存を強めている事に反発し、これに代わる独立国家として大日本皇国の復活を宣言した。中華ソビエト共和国の支援を受ける「共和国」星川軍閥とも激しく敵対し、外国の内政干渉に屈しない「古き良き日本」の奪還を目指す。

 戊辰戦争の奥羽越列藩同盟に倣い、東北諸勢力の連携による東京攻略を狙う。しかし、出羽清水家の協力を得られず、後ろ盾となる大国の支援もなかったため、東京政府を脅かすほどの強大な軍閥には成り得なかった。

 禍津日原の西宮堯彦と非常に仲が良く、将来的には彼を帝に擁立しようと企図しているため、「西宮別働隊」とも言われる。この縁により、西宮が禍津日原第四学校を創立すると、泰邦清子(清継の娘)と馬坂佐渡(越後の娘)を同校に入学させ、学生会(生徒会)内に泰邦グループなどと呼ばれる派閥を形成した。清子らは禍津日原にて東京・星川の動向を警戒する任を負っており、地政学研究会という自主ゼミで地域研究を行っている。手下の学生にはマゾヒストが多い。

 光復21年の会津戦争を経て東京に帰順し、岩代県は奥羽州、水原県は北陸州に編入された。しかし、天下への野心は諦めておらず、八月事変では第三勢力として山形・前橋に侵攻するなど大暴れした。

 清継の父親である泰邦清明は、徳川・松平氏の末裔を称する東北の臣民で、昭和時代にクーデターを起こした陸軍皇道派の青年将校でもあった。このため会津軍閥は、幕末の尊皇攘夷運動を根幹に、戊辰戦争における幕府陸軍のフランス式軍制や、皇道派の民族主義などから少なからぬ影響を受けており、英米の保守主義とも、ドイツ・ロシア的な国家社会主義とも異なる、日本独特の右翼勢力と評される。

 清明の代から中華共和国(台湾)と交流があり、会津軍旗も緑が「民族」、青が「民権」、赤が「民生」を表すなど辛亥革命を意識している。

日本帝国

 日本列島のうち、関東・九州・出羽地方などを統治する連邦君主制国家。

 未来元年のプロレタリア革命後、アメリカ連邦に亡命した日基建ら日本人グループが樹立した「日本国臨時政府」を起源とする。光復元年(未来30年)の天災に乗じ、米軍と共に関東・九州に上陸(ダウンフォール作戦)して日本人民共和国を崩壊させ、7月7日に「日本帝国」の建国を宣言、東京に政府を置いた。天皇制復活を主張する右翼帝政派と、大統領制導入を目指す左翼共和派が対立したが、妥協案として女帝である雲母日女を立憲君主に戴く事になった。

 戦前の明治憲法を基調としつつ、英米の自由主義を大幅に取り入れた独特の政治体制が採られている。国会は帝国議会(諮問機関として元老院も設置)、内閣は太政官、最高裁判所は大審院と呼ばれる。軍部(日本国民軍)は行政権に属しており、法的には文民統制・三権分立が実現している。当然、基本的人権も保障されている。

 明治憲法との最大の違いは連邦制であり、関東州・西海州(九州)といった各州は高度な自治権を認められている。その背景には、国家は人民の同意によって成立するという社会契約説の思想がある。

 しかしその一方で、連邦の自由主義体制と相容れない活動は厳しく禁止されている。暴力団や過激派といった反社会的組織は結社そのものが非合法化されており、解散命令に従わない団体に対しては軍隊による武力弾圧も辞さない。また、反乱軍や他軍閥との戦闘に備えて国家緊急権(戒厳令)が用意されており、非常時には政府・軍部の権限が大幅に強化される。

 武器(銃刀類)の所持は一応規制されているが、内戦の影響で既に多くの武器が日本中に拡散しているという現実があり、国民の間では「自分の生命と財産は自分(の武器)で守る」という自力救済の考え方が浸透している。武器を平然と携帯して登校する学生すらいるという有様であり、規制はほとんど機能していない。

 日本帝国の国旗である「旭日蒼海旗」は、赤が太陽と君主制を、青が海洋と民主制を象徴し、豊かな自然と調和した立憲国家の発展が込められている。

禍津日原総督府

禍津日原総督府
 東京府と北武県(星川領)の「国境地帯」に広がる、禍津日原特別行政区を管轄する自治政府。旧称は「クレーター復興庁」。

 「総督府」とは本来、本国(宗主国)が植民地に設置する役所を指すが、七月革命後の日本帝国においては、戦災で壊滅した地域を復興するために置かれた自治政府を意味する。国内に複数存在するが、最も有名なのが禍津日原総督府である。

 七月革命による日本帝国の建国後、帝位をめぐって雲母日女・西宮堯彦の姉弟が対立し、一時は武力衝突寸前にまで拡大する騒動となった(光復元年の政変)。この権力闘争に勝利し、光復帝として即位した雲母日女は、東京郊外の禍津日原(外東京コミューン)にクレーター復興庁を設置し、西宮を長官に任命した。しかし、禍津日原の復興は絶望的だと言われており、これは事実上の「流刑」に等しかった。

 西宮はこの命令を潔く受け入れ、日共時代からの知己である鷹司智子・落合航・太田愛らと共に禍津日原へと向かった。そこには、荒廃した大地を日共残党などの犯罪者が跳梁跋扈する、地獄絵図のような空間が広がっていた。西宮はこれらの勢力を平定・懐柔しつつ都市機能の再建を進め、その過程で出会った浪人 八洲精士郎の助力もあって、復興を着実に成功させていった。そして遂に、半官半民の教育機関「禍津日原学校」を開設できるほどの治安回復が実現した。

 こうした復興実績は、西宮への敵愾心を引きずる皇帝からも高く評価され、クレーター復興庁は禍津日原総督府への発展的改組を認められた。総督に就任した西宮は、軍事統帥権を含む高度な自治権を獲得し、この地で天下国家を支えようと尽力する。かねてより自前の私兵集団を養成していた彼は、北方に対峙する星川軍との衝突や、東京でのクーデターといった非常事態を想定し、陸軍だけでなく航空部隊(戦闘機)や特務機関をも配備した禍津日原基地を建設した。これは後に、光復21年の八月事変で多大な役割を果たす事になる。

 歴史的には、昭和時代に元化天皇(西宮の父)や落合翔(航の父)らが所属していた海軍条約派(海軍穏健派)グループを起源としており、旧海軍閥や日系人出身者が比較的多い。七月革命で活躍した落合のラズール隊、それを改組して十三宮勇が編成したサフィルス隊のほか、西宮自身もクリスタロス隊として戦闘機を操る事ができ、それを知る人からは「海なき内陸の海軍航空隊」などと呼ばれている。

 西宮が聖徳帝に即位した後は、基地司令官の落合が後継の総督を務めた。

日本民主共和国 星川軍大宮旅団

星川軍大宮旅団星河旗
北武県(旧 埼玉県)・前橋県(旧 群馬県)を中心に関東北西部を支配する社会主義政権。国家としての正式名称は「日本民主共和国」だが、一般には「星川軍閥」と呼ばれる事が多い。

 起源は日本人民共和国時代にさかのぼり、埼玉県北東部を流れる河川を用水とする星川沿岸農業協同組合が武装化した事に始まる。指導者の星川初は、日共の農務官僚として関東の第一次産業育成に尽力したが、政権左派(改革反対派)の謀略により失脚した。天変地異によって関東が内戦状態に陥ると、これに呼応して政府に反旗を翻し、日本民主共和国として新国家樹立を宣言。中華ソビエト共和国(紅軍)から支援を受けて群馬・埼玉を占領。その勢いで東京に侵攻しようとするが、アメリカ連邦と同盟した日本帝国(東京政府)に先を越された。以後、東京のすぐ北方に対峙して天下を狙い続け、東京政府との紛争・和平を繰り返して現在に至る。

 日本民主共和国は日本人民共和国の正統な後継者を自任し、中共などの旧共産主義政権から国家承認されている。但し、共産主義の理論を大幅に修正しており、計画経済に資本主義を取り入れた「社会主義市場経済」を採用している。「民主共和国」とは名ばかりで、実際には星川初とその側近が万機を決する独裁政権であり、行政権から独立した議会や裁判所は存在すらしない。ただ、星川は国民の意見をよく聴く名君として知られ、その意味では一面において「民主的」とも言える。人権も日共時代よりは保障されているが、星川の実年齢を公表する事は国家機密漏洩罪に問われる。臨時首都は大宮市(行政の一部は浦和市)。

 行政・軍制ともに中共のそれを参考にしており、例えば関東地方は「関東省」と呼ばれる。共和国軍は関東師団が大半を占め、その下に大宮旅団・前橋旅団などがあり、更に複数の連隊がある。政府と軍部の関係については建国当初から意見の相違があり、上杉橄欖ら文治派と笹川孝和ら武断派が対立している。

 星川初のカリスマ性によって支えられている側面が大きく、「国母」として個人崇拝されている(法的な肩書きは「総書記」)。家族主義的な思想は特に有名で、家臣(軍人・官吏)は原則として全員、星川の「養子」という扱いであり、初を自分の「母」だと思わなければならない。彼らの多くは賃金や使命感よりも、「母上様」に褒めてもらうために働き、戦っている。また、全体的に男性より女性のほうが身分が高い。

 日共政権は観念的な「理性の崇拝」を標榜し、人民に信教の自由を認めなかったが、星川は道教(中国の多神教)を信仰しており、体制に刃向かわない宗教に対しては好意的である。特に、海神スサノオを祀る大宮神社は、政府本部がある寿能城に隣接する事もあって、国教並みの保護を受けている。

 国旗は、日共時代から友好関係にある中華ソビエト共和国政府から与えられた物。中国の歴代王朝が、日本の実力者を「倭王」「日本国王」に任命して朝貢させたのと同じような意味と評される。

大日本皇国 畿内軍閥

空道雫・近衛秀国・方広院桐紋
 関西(近畿)地方を統治する軍事政権。国号は「大日本皇国」だが、同じ名称を使用している会津軍閥と区別するため、「畿内軍閥」と呼ばれる事が多い。

 小惑星落下に伴う七月革命に際して、中華ソビエト共和国(中共)の支援を受けて挙兵した近衛一族らが、山城府(京都)・大坂府を制圧して建国。山城平安京を再建し、首都に定めた。その後、大和県(奈良)・若狭地方にも領土を広げた。

 指導者にして「臨時天皇」の近衛秀国は、北朝天皇家(持明院統)の子孫、即ち昭和天皇と同じ皇統(王朝)の出身である。14世紀末(室町時代)に南北朝が合一して以来、昭和まで皇位を世襲して来た北朝こそが日本の正統な君主であると主張し、南朝(大覚寺統)の光復帝雲母日女を戴く日本帝国(東京政府)と対立している。

 日本古来の民族宗教(神社信仰)を国教として保護し、歴史と伝統を重んじる右翼保守主義的な政策を進めており、共産主義を標榜する中共とは本来相容れない。しかし、「敵の敵は味方」という外交の鉄則により、東京政府と仲の悪い中共左派太子党(上海閥)と事実上の同盟関係にあり、若狭湾などで貿易を行っている。このため、関西には中国製の新旧兵器が少なからず配備されている。

 光復7年の南播磨地震(坂神淡路大震災)を機に、それまで敵対関係にあった山陽地方の宇喜多清真と和解した。これにより、西方への領土拡張の足掛かりを確保し、更に宇喜多の支持基盤であるイスラム教徒(ムスリム)からも協力を得て、最盛期には周防長門県(山口)までの広大な地域を影響下に置く事に成功する。

 なお、政治的には日本帝国の宿敵だが、経済・文化交流には寛容で、旅行や移住は比較的自由に行える。例えば、東京市の七宝院学園に通っている空道雫も畿内出身である。

日本人民共和国

日本人民共和国旭日赤旗
 冷戦期の日本列島を支配し、数百万人の自国民を死に至らしめた共産主義政権。略称は「日共」。

 元化16年(未来元年)、元化天皇の極端な親米反共政策に反対する革新勢力(労働農民党・社会大衆党・旧軍部など)が、ロシア ソビエト共和国の支援を受けて反乱を起こし、東京を占領して成立した(日本革命)。当初は共産主義者だけでなく、社会民主主義者や国家社会主義者をも含めた、民主連合政府と呼ばれる反米社会主義連立政権であったが、イデオロギーの違いから内ゲバが発生し、最終的に「輝く未来」と称する極左政党が実権を掌握した。

 日共の軍隊は人民解放軍、警察は紅衛兵と呼ばれた。当初は平等主義の立場から、明確な国家元首を定めていなかったが、途中から滝山未来という謎の人物が指導者として祭り上げられるようになった。政権内には、軍部を抑える遠野衛ら改革派と、紅衛兵から支持を受ける樹下進ら白衣派といったグループがあり、末期には凄絶な権力闘争が行われた。

 全ての財産は人民の共有とされ、資本主義国家における人権は否定された。既存の宗教を禁止する一方で、人民の「理性」を崇拝する「国教」が存在した。圧政が特に厳しかった時期には、一般国民はあらゆる個性を表す事を禁止され、外出時には仮面着用を義務付けられた。原始時代への憧れから、貨幣の廃止が試みられた事すらある。また、例え体制に忠実に従っていたとしても、計画経済の大飢饉によって餓死する者も少なくなかった。

 未来30年(光復元年)の天災を機に、反体制派が決起して七月革命が勃発。首都を東京から宇都宮に移して抗戦するも壊滅、ここに日本人民共和国は滅亡した。滝山は東京陥落と共に消息を断ち、日本帝国政府に捕らわれた指導者らは厳刑に処されたが、共産主義の亡霊が完全に消え去ったわけではなかった。

 その後、日共関係者を始めとする共産主義者は以下のように「転職」した。
  1. 東京政府に降伏し、将来的な日共再建を企図する者。軍部・官僚に多い。
    遠野衛・結城天剣・葉山円明など。
  2. かつての紅衛兵がテロリストとなって政府に抵抗し、「日共残党」と呼ばれている。禍津日原に拠点を置く主流派は西宮堯彦に討伐され、現在は大牧実葉に従う。
    天河和茂など。
  3. 白衣派の一部が、陸奥地方に逃れて再起を図っているとの情報があるが、真相は謎。
    樹下進など。
  4. 共産主義と訣別し、日共を否定・批判する立場に転じた者。
    日基建・星川初など。
 「共産主義は国家の死滅を目指す」という建前から、日共に正式な国旗・国歌はなく、党のそれが代用されていた。事実上の国旗は、皮肉にも軍国主義の象徴だった旭日旗を赤旗に転用した物であり、日本が世界革命の中心であるというナショナリスティックな意識が窺える。国歌は内外情勢に応じてたびたび変更されており、大日本皇国の『君が代』や軍歌を左翼的にアレンジしたり、ヨーロッパの共産党歌を和訳転用したりしていた。

清水財閥

 国境を越えて活躍する日本随一の大企業だが、その起源は出羽地方の農村である。

 当主の清水賢一郎は地主の出身で、僧侶の神前寺鳥海らと共に農民運動の指導者であった。日共滅亡後、東京政府の援助によって財界に転身し、多くの仲間もその社員となった。以後、出羽県のインフラ整備を起点に、内戦特需も手伝って巨万の富を得、県外そして国外にまで進出する財閥に成長した。

 東京政府との協力関係から「政商」と批判される事もあるが、賢一郎の清廉な人格に基づく経営方針のお蔭で、不正な取引などとは無縁である。

 清水家・神前寺家の子らは現在、東京市渋谷区の七宝院学園に通っており、地学部に所属して青春を謳歌している。彼女達の人生を見届ける事は、賢一郎にとって金儲け以上の喜びである。

七宝院学園

 東京市渋谷区にある私立学校。甲信地方の寺子屋を母体とする。偏差値の高い名門学閥として知られたが、低成績者を対象とした夜間部(二部)を統廃合した結果、現在は入学の難易度が下がりつつある。

 私立なだけに施設が充実しており、渋谷本校舎は本館・文科館・理科館などの建物から成る。もともと文系分野が得意だが、近年は自然科学の研究・教育にも力を入れており、理科館には数学部・物理部・化学部・生物部・地学部など理系の部活がある。

 創立者の七宝院夜宵は、人民共和国時代に山梨県・長野県の人々を守護していた反体制派の尼僧で、七月革命では西宮堯彦と共に人民解放軍と戦った。その後、甲信地方は甲斐県・信濃県として日本帝国東海州に編入されたが、高度な地方自治を認められ、市町村民の合議によって行政が運営されるなど、直接民主制の傾向が見られる。こうした「町衆による自治」は、戦国時代の平安京(京都)で見られた法華一揆と性格が似ている。

 甲斐は歴史的に法華宗の拠点であり、七宝院の由来である「七宝」は仏教における7個のパワーストーン(金・銀・瑠璃・水晶・シャコ貝・珊瑚・瑪瑙)を意味する。この事からも分かるように、七宝院は仏教精神に基づく生活浄化を標榜しているが、甲信県民の多くは世俗的な「葬式仏教」を信じている程度で、格別に宗教的というわけではない。七宝院学園も道徳教育の充実を目指しているが、実際には「不良と問題児の巣窟」などと言われている。

国際刑事警察委員会

 世界各国の警察機関が加盟し、国際犯罪に対処する、いわゆる国際警察。略称はICPCまたはインターポール。

 第一次大戦後、オーストリア共和国ウィーン市に設立されたが、同国がオストマルク州としてドイツ第三帝国(いわゆるナチスドイツ)に併合されて以降、本部を何度か移転している。

 狭義のICPCは、委員会内に設置された「特殊能力犯罪者対策室」を意味し、「特殊能力」を持つ犯罪者を追うための組織である。室長をキリュウ・J・パステルナークが務め、その実績は留まるところを知らない。

 彼らには国境を越えた活動が認められており、各国に潜む犯罪者を捕えるべく日々奮闘している。「国境無き英雄」として世界に名を馳せている。その存在はICPCそのものに帰属し、原則としていかなる国にもその行動を縛られる事はない。理由としては、
  • 能力者を迅速に捕えなければ無駄に被害が拡大するため、いちいち国家首脳部に構っている暇はないから。
  • 逆に国家が犯罪を犯した能力者を兵器として利用する事があるため、それを未然に防ぐ目的。
が挙げられる。国側が彼らの侵入を拒むと、他の各国から「能力を持った犯罪者をかくまっている」と疑われるため、よほど徹底的な鎖国政策を採っている国でない限り、彼らを拒む事はない。

 彼らは自分達に「誓い」を刻んでおり、それは彼らが彼らである限り破られる事はない。ゆえに、いかなる誘惑にも権力にも屈しないとされる。すでにいくつかの国が彼らを取り込みにかかったのだが、どれも成功しなかった。

 対策室本部には世界中の能力犯罪者の情報が集められており、その本部の場所は秘匿されている。

悪魔族・言ノ葉学園

シャンドラ・ティス・スート言ノ葉学園
本項では、『TESTAMENT Dear my Devil』の主な舞台と人物について説明する。

悪魔・魔族・魔界
 「悪魔」と呼ばれる伝説上の存在、及び彼らが暮らしているとされる世界。
 彼らの正体は、耳の形質が異なっている以外は、我々地球人類とよく似た知的生命体であり、複数の種族がいる。遠い昔には、殺し合いや略奪に明け暮れていた時代もあったようだが、今となっては悪魔も学校に通い、仕事をして平和に暮らしており、一般的な「悪魔」のイメージとは大きく異なっている。
 地球人類は悪魔を宗教的な概念と見なし、その存在を本気で信じる人もいれば、馬鹿げた迷信だと考える人もいる。それと同じように、悪魔の世界においても、おとぎ話の絵本などで神話上の存在として「人間」が登場する。彼ら悪魔側の伝承によれば、「人間」は戦争を繰り返す愚かな生物であり、また「人間に召喚された悪魔は、相手の魂と引き換えに願いを叶える『契約』を結ぶ」とも言われる。
 魔界の詳細な地理は不明だが、衣食住を伴う独自の文化・文明を築いている。悪魔達が暮らす都市があり、南の森には「禁断の祠」と呼ばれる博物館を兼ねた祭祀遺跡がある。

言ノ葉学園
 「創郷学園」「黄泉沼学園」と共に、「三大能力学園」の一つに数えられる謎の学校。正確な住所は明らかになっていないが、日本列島のいずこかに実在し、その気になって探せば行ける場所にある模様。
 漸岩剛十郎(学園長)と「死越先生」(保健医)なる人物の発案により、光復4年創立。第一期生は23人で、その中には後に畿内軍閥の黒幕となる近衛和泉(方広院)も含まれていた。
 校風として、「言霊使い」などと呼ばれる特殊能力者が多く在籍する事、また「部長会」という学生自治組織が存在し、その地位と権力をめぐって生徒同士の「闘争」が日常的に行われている事などが挙げられる。「超能力者」が差別・排除されがちな一般社会を生き抜く力の習得を目指していると思われるが、「言葉と力こそ絶対」「弱者必衰」と言わんばかりの教育方針に反感を抱く者も当然ながら存在し、それが後に大きな不幸を招く事になる。
 光復21年の段階では、
  • 霊峰院一派
  • 御剣組
  • 言ノ葉情報社
  • ハスラー
という四大グループが互いに切磋琢磨しており、特に霊峰院(茶道部)と御剣組(剣道部)は頻繁に衝突しているが、後になって振り返れば、それも平凡な学園生活の一コマに過ぎないはずだった。だが…。

 言ノ葉学園の誕生と終焉…その真実には、人間と悪魔の出会いと別れがあった。