2014年11月30日日曜日

許國鋒(シュー クオフォン)

 中華ソビエト共和国陸軍砲兵少校。福建省出身。陸軍でも優秀で知られた将校だが、国内の政争に巻き込まれる危険性を察知し、敢えて上官を面罵し日本への軍事顧問に左遷された。元々「福建の麒麟児」と言われた俊英。

 客家の血を継ぐが没落した旧家出身の母と、太子党の父を持つ。本人は「現世に関わりの無い事などどうでもよい」「父は父、私は私」と両親について口数僅かだが、少なくともうまくいってはいない。

 幼馴染の女性でデザイナー見習いの高静蕾(カオ ジンレイ)を密かに伴って来日。彼女を「高橋静香」との名(雪花の手先である売買春斡旋業者を脅しあげて、犯罪利用の為に確保してあった戸籍を用いた)で畿内軍閥に潜り込ませ、近衛和泉に接近させて自分を並み居る軍事顧問から引き上げる様にコネクションを作り、(恐らく承知の上で)和泉から登用される。その後は顧問団の実質的指導者として大坂城にて頭角を現す。しかし、社会構造実験をしていた林鵬星川派である大使徐秀全による御堂筋通り魔殺人事件や、星川への共鳴を叫ぶ青年将校の軍幹部暗殺事件などの対応に忙殺される内に、顧問団博忠発(ボー ヂョンファー)海軍中校に実権を浸食され、以後彼との主導権争いを繰り返し、自分が嫌った政争の具になり果てている事を静蕾に叱られるまで気付かない程に消耗した。

 叱咤の後に心を入れ替えて、吉野菫率いる九州鎮台の長州征伐に対応。小倉(こくら)上陸を立案したマスード長船燎次の作戦計画が、前線司令官の亀井無我達に退けられると、作戦計画を支持して説得を行い、計画を了承させた。上陸時には自ら砲兵を率いて小倉守備隊撃破に貢献した。しかし、米軍の攻勢に怒り狂った博忠発と海軍軍令部菅道直提督の発案で無制限潜水艦作戦が強行された際、協調路線に切り替えていた為に反対が功を成さず、畿内軍閥への対外的反感を買う一端を担ってしまう。

 征伐終盤戦の石州口の戦いでは、須佐の戦い諫早旅団を退けるも多勢に無勢で退却し、清流高津川を挟んで九州鎮台と激突する(須子・高津川の戦い)べく亀井無我軍砲兵を指揮。高津側から須子の九州鎮台軍を砲撃し、高津川対岸へ亀井軍先鋒中島平介陸軍機甲兵大校の戦車隊の前進を支援し勝利に貢献。その後、益田から九州鎮台軍を一掃し、休戦に持ち込み役目を果たした。

 しかし、無制限潜水艦作戦の結果イザナミによる攻撃が行われ、その砲撃後の市中の混乱から生じた事故で静蕾を失い、余りのショックにストレスがかさみ続けた精神の均衡を遂に崩した。和泉が宇喜多に討たれると、「反逆者宇喜多討つべし」と叫ぶ将校大野糺陸軍上将に顧問団と同調し挙兵した。この時点で既にマトモな思考が不能であった。結局、緒戦で宇喜多側についた長船燎次や中島平介に敗れる。敗走中大野を斬られて敗色が濃くなる中「降伏すれば関与の事実を帳消しにして本国送還とする」と囁いた宇喜多に接近した博達を自ら殺害、塩漬けの首を宇喜多に送りつけ、偶然出会した空道雫を人質に確保して大山崎で再挙兵。包囲する亀井・長船を苦戦させるが、大山崎住民を道具扱いする余りの横暴ぶりに兵が愛想を尽かし、恭順を決めた士官が東京から寄越された殺人の専門家(精士郎の部下)城井宗房に依頼して許を村外から射殺させた。その骸は恨んだ住民から徹底的に叩かれ辱められ、中華ソビエト共和国からも「人民の敵」(村民への暴力と雫の人質化と暴力)として市民権を奪われ、「無籍民」として処理された。

 口には出さなかったが、この世で信頼していたのは唯一静蕾だけであり、彼女を伴ったのも常に共にいたかったからである。彼女を死なせたのは他ならぬ連れてきた自分であると苦しんだ結果、壊れてしまった。事情を全て見抜いていた生前の和泉は、「独占欲と依存心が強すぎる」と心配していた。長船は戦友の無惨な最期を功罪抜きに悲しみ、首を静蕾の遺骨と共に寺へ預け供養した。

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