2013年12月1日日曜日

遠野衛

遠野衛
造反有理

 日本人民解放軍司令官・空軍ルベウス隊長。コールサインは「フォイニクス」。現役エースである共に、日本人民共和国を支配する「輝く未来」党内でも相当な発言力を持っていた幹部。

 生い立ちには謎が多いが、遅くとも20世紀初頭(明治~大正時代)にはドイツ・オーストリアでその姿を目撃されている。ここで彼女は、ヘブライ人への復讐を誓う一人の青年と出会い、最初は日本人(黄色人種)という理由で差別されるが、喧嘩の末に打ち解けた。そして「一握りの金持ち(特にヘブライ人)が支配する弱肉強食の世界を変えたい」という彼の理想に感化され、資本主義国家の打倒を目指す共産主義革命運動に参加した。

階級闘争の帰結としての革命は、歴史の必然だと言われているが、それは『何もしなくても自然に実現する』という意味ではない。必然を当然たらしめるためには、反動的な運命に対する意志の勝利を確信しなければならないと、自分はあの男から教わった

 その後、主としてロシア共産党(ボルシェビキ)と接触を持ち、同党の指導者や、彼の弟子に当たるイタリア社会党指導者(後にイタリア社会共和国元首)から理論を学ぶ。第一次大戦とロシア革命によって世界初の共産主義政権が成立すると、共産党が率いる国際テロ組織コミンテルンに見込まれてエリート教育を受けた後、母国日本での革命を目指して極東に派遣される。

 満州でマッドサイエンティストの樹下進と出会い、彼が研究していた「不老不死」の術を施される。これによって「遠野衛」という人物は、その若き美貌を維持したまま、21世紀まで歴史上に存在し続ける事になる。この時受けた「手術」の正体については、
  1. 自分と外見が酷似した娘(実子・養子またはクローン)に「遠野衛」という名前を襲名させる事によって、あたかも不老不死であるかのように装った。つまり、遠野衛は複数いる。
  2. 当時、樹下は高度な遺伝子改造技術を発明しており、完全な不老不死ではないにせよ、遠野の生物学的老化を大幅に遅らせる事に成功した。よって、遠野衛が百年以上生き続ける同一人物であるというのは本当である。
といった説が存在する。

 大日本皇国を戦争に引きずり込み、敗戦の混乱に乗じて革命を起こす事を目論見、軍部の中でも容共・親露的な勢力として知られる陸軍統制派北条朔ら)に接近し、様々な政治工作を行なった。遠野の暗躍が実際の外交にどの程度の影響を与えていたかは不明だが、結果として日本は米英との無謀な太平洋戦争に突入する事になる。一方で、元化天皇(海軍条約派)や泰邦清明(陸軍皇道派)といった反共勢力は遠野・樹下らの動きを警戒し、暗殺を試みた事もある。

 終戦後、旧統制派の革新軍人を味方に付け、社会大衆党に参加していた北条朔からも協力を得てクーデターを決行。元化天皇の親米政府を転覆し、「日本人民共和国」民主連合政府を樹立。かくして日本革命を成功させた。やがて政府内で権力闘争が発生すると、極左共産主義政党「輝く未来」の勢力拡大に努め、同党の独裁政治に反対する北条を監禁・陵辱して「無力化」した。

どうだ北条、国家の最高権力から突き落とされた気分は?まあ、後悔する必要はない。この体を味わえば、それで全て解決だ

 ロシア・中共・朝鮮・インドシナなどの共産主義政権を歴訪し、各国の独裁者と面会して更なる思想鍛錬に励んだ。しかし、これらの国の実情が「地上の楽園」などという構想からかけ離れている事を知ると、戦前にアジア最大の資本主義国家だった日本こそ共産主義ユートピアの実現に相応しい天地と確信するに至った。

 既にその比類なき実力を知られていた遠野は瞬く間に党幹部に抜擢され、党主席である滝山未来への近侍を許された数少ない人物であった。他国の独裁者とは異なり、人民に自分を個人崇拝させようとせず、必要最低限の会話で粛々と新社会建設を進める滝山に強く感心し、事実上のナンバーツーとして彼女を支えた(盲目的な心酔ではなく、対等な同志としての関係だったという。また本人は公式には否定しているが、レズの仲にあったとの情報もある)。

 「平等な共産主義社会に階級はあってはならない」という信念から、軍隊の階級制度に対しても嫌悪感を抱いている。このため、自分に対して「大将」「元帥」といった特別な階級称号を使う事を禁じ、「司令官」「隊長」などと謙遜した役職名で呼ばせていた。しかし、軍部の絶対的な実力者である事に疑いはなく、海外では「空軍大臣」として報道される事が多かった。

自分を唯一絶対の将軍のように見なし、自分だけが使用を許される別格の称号を名乗らせようとする策動は、日本革命を敗北させる最短の近道である

 日共が独裁政権である以上、反体制派への厳しい弾圧は日常的に行われ、遠野自身もそれは仕方のない事だと考えていたが、拷問など残虐な刑罰には強く反対し、囚人を「苦しませずに逝かせる」処刑方法の導入に尽力した。経済面では、善政のオンカーとして人望があり、中共への留学経験もある埼玉の星川初を農務官僚に登用し、西側諸国の経済制裁で危機的状況に陥っていた食糧の増産に努めた。対外的には、樹下率いる科学者グループ「白衣派」と共に、米国との決戦に備えた海上要塞「イザナミ」の開発を進めた。

反動分子を屈服させる最良の手段が、暴力ではなく快楽であるという事は、自分の体に対するお前達の貪欲な視線が、明白に証明している

 戦前からの同志である樹下とは、性的関係を持つほど親密な仲であったが、日本が他国の共産主義政権と同じ、もしくはそれ以下の堕落腐敗した偽ユートピアと化している現実を知るに連れて、次第に対立を深めていく。樹下ら白衣派は滝山を脅迫し、「科学的」とは名ばかりのいい加減な計画経済や反体制派の大量虐殺といった政策を実行させ、人体実験にまで手を染めていた。こうして日本人民共和国では、数百万人もの国民が無残な死を遂げた。遠野は資本主義の一部導入(社会主義市場経済)といった改革政策を進めようとするが、樹下によって徹底的に妨害され、両者の対立は決定的となった。

 そして迎えた未来30年(光復元年)、天変地異によって日共は危機的状況に陥る。米国に亡命していた日基建ら日本国民軍が、米軍と共に日本への上陸攻撃を開始したのである。また、かねてよりレジスタンス活動を行っていた西宮堯彦や、失脚させられて反逆に燃える星川初などの反体制派が一気に決起した。遠野は混乱に乗じて、抗戦の妨げとなる白衣派を壊滅させた。更に、彼らに逆らえないように遺伝子を改造されていた滝山を憐れみ、遂には自らの手で殺害してしまう。こうして日共軍の全権を掌握した遠野だが、東京陥落は避けられず、宇都宮への撤退を決断。反乱軍の猛攻を防ぎつつ、外東京コミューン(後の禍津日原)付近で負傷者の救援活動をも指揮した。この時、大間木美野波と名乗る少女を救出している。

 宇都宮決戦では自ら戦闘機に搭乗して出撃し、連合軍を苦戦せしめた。だが、国民軍の若きエースである落合航(後の禍津日原基地司令官)に僅かな隙を狙われて撃墜される。脱出に失敗して死亡したと思われていたが、実際には全身火傷を負いながらも結城天剣(日共軍宇都宮旅団)に救出され、奇跡的に生き延びた。この一件でフォイニクス(不死鳥)の異名を持つようになった。

 日本帝国が成立すると、国民軍の強化を企図する東京政府に招かれ、鬼教官として若者の養成に努める一方、驚くべき事に自らも現役として戦地に赴いた。その英雄的な活躍は国民軍将校に大きな影響を与え、光復帝雲母日女からも信頼を得ている。その一方で、彼女がかつて日本人民共和国に忠誠を誓った人物であるという事実は忘れられつつある。宮内省や軍部の次期閣僚に共産主義者の葉山円明を推薦したり、イザナミ再武装を提案するなど、文民統制を逸脱した政治介入を行う事もある。禍津日原への派遣経験もあり、落合の後輩にして早熟のエリートである十三宮勇と知り合うと共に、旧日共関係者によるクーデターを警戒する西宮らAB派の動向を対抗監視している。全ては、日本人民共和国を復活させ、そのために避けられないであろう、来たるべき最後の戦いに備えるためである。

 後に大牧実葉は、「遠野さんも葉山さんも真面目過ぎた。もっと平和で豊かな時代に生まれていれば、手を血に染める事もなかったかも知れない」と評している。

 信念に一途、それでいて現実的な戦略眼を持った、生真面目にして優秀な革命家として語られる事の多い遠野衛だが、実は性欲が非常に強く、重度の酒好き・男好きという一面もある。露出の多い軍服で数多くの男性を誘惑し、「慰安」として慰み者にしたり、自らの派閥に取り込んだりしていた。その淫乱さは「遠野隊長の『革命』で戦前の男尊女卑が女尊男卑に逆転した。これからは、男が女に犯される時代だ」と言われたほどである。また、星川初の出自について、遠野が北条を強姦して産み落としたとする説がある。

 言うまでもなく真っ赤な火属性であり、グリムヴィヨネッタ(死神の銃剣)という銃剣を愛用している。また、彼女が率いる航空部隊はルベウス隊と呼ばれ、七月革命ではミグ29ファルクラムに搭乗していたが、一方ではレッドクリーパー(赤い死神)という新型戦闘機も開発していた。

 ルベウス隊の部下には、エベールグラックス(バブーフ)・ブランキなどガリアの革命家に因んだコールサインが与えられている。

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