2015年4月6日月曜日

吉野菫

KYOHEI
政権交代

 日本帝国西海州首相・民主社会党代表、グラビアアイドル。
 七月革命後、若くして民社党の結成に参加。雲母日女・西宮堯彦の対立に際してはフェミニズムの立場から雲母日女を支持し、女帝擁立に貢献した。その功により筑紫県太宰府の西海州政府首相を拝命し、九州を統治。列島統一後、日本帝国副首相となる。

 民主社会党は、東西冷戦の結果としての共産主義の失敗(日本人民共和国共和国の崩壊もこれに当たる)を踏まえ、自由主義体制の枠内で資本主義の問題を解決しようとする社会民主主義政党である(但し、実際には過激な左翼思想を引きずっている党員もいる)。労働者・女性・障害者・少数民族など社会的弱者の人権擁護に尽力し、軍縮や環境保護にも熱心に取り組んでいる。

 吉野の九州統治は「ヨシノミクス」などと呼ばれ一定の支持を受けているが、軍部には彼女の左派路線に反感を抱く者も多く、光復15年には江上慶也ら右派将校によるクーデターが起きた。吉野は諫早利三陶山聖尚らと共にこれを平定し、江上の娘である蓮池夏希を側近に起用して体制を固めた。

 21年の八月事変葉山円明次官による日基建太政大臣の暗殺)に際しては関西にいたが、 父の仇討ちを狙う蓮池に裏切られて航空機を爆破され、陸路にて決死の脱出を図り(伊賀越の戦い)、東海鎮台に保護された。事後、日基の横死を受けて帝国新首相に就任し、死刑廃止・夫婦別姓などの進歩的政策を次々と実現した。日基・葉山らが夢見た理想社会を、正しき方法と結果によって実現しようと模索するが、新たに側近となった十三宮勇は手段を選ばないネオコンであり、両者の関係がその後の政局を大きく左右していく。

 「働く女性の味方」というイメージが強いが、政治家になる前は琉球でグラビアアイドルをやっており、現在もその魅力をアピールして男性からの支持を狙う。雲母日女・星川初と共に若くもないのに週刊誌の表紙やカラーページを飾る事が多く、政治的に対立している初とはこの業界でもライバル関係にある。初が「仕事と子育ての両立は自助努力で可能」と主張したのに対し、「政府が出産・育児を支援すべき」と反論した母性保護論争でも有名。

 ドイツ帝国の両手剣「ツワイハンダー」を所持している。演技用のレプリカ小道具だと思っている人が多いが、実は本物であり、実戦での使用も可能。どんな経緯で入手したのかは秘密であり、曰く付きの代物とも言われる。「ファビウス」というコールサインで軍事訓練も受けており、その気になれば自ら戦闘機を操縦する事もできる。空挺部隊のパラシュートを使って空から登場するパフォーマンスをイベントで頻繁に行うため、会場はスカートの中を覗きたいファンで満員になる。

KYOHEI

神威樹由

KYOHEI

KYOHEI

蜜雨ヒレン池村ヒロイチ

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