2017年6月25日日曜日

九州 円卓


 屋代島攻防戦は、九州鎮台・アメリカ連合軍の勝利に終わった。西海九州の枢軸、大宰府と博多湾を擁する筑前達が帰還した時、総司令部では陶山聖尚(すやま としなお)諫早利三(いさはや としみつ)ら良識派将校の尽力で、既に「円卓会議」の準備が進められていた。6年前に勃発した「吉野五人衆(よしの ごにんしゅう)」達の内乱によって、九州軍は多くの優秀な人材を失い、今となっては吉野首相を積極的に支持する武官は、陶山将軍・諫早少佐・蓮池大尉など少数である。

 円卓会議は、大島事変の「戦争責任」を巡って紛糾し、首相が辛うじて議長としての主導権を維持したのも束の間、今度は同島の防衛計画に焦点が定められた。

 畿内軍閥の謀将、宇喜多清真が反撃の駒を動かすのは、もはや時間の問題であろう。山陰山陽地方には、長周を統治する山口杉良運(すぎ よしつら)を始め、磐見亀井無我(かめい むが)出雲浮田郷家(うきた さといえ)ら諸将が続々と布陣し、殊に葡萄月大隊を指揮する松田清保(まつだ きよやす)の戦力は強大である。また、畿内軍は中華ソビエト共和国(北平共産党政権)などから軍事支援を受けており、彼らにも警戒する必要がある。屋代島を守備する一方で、九州勢の次なる攻略目標は、隠岐島と馬関・下関港に絞り込まれた。

 そして、「葡萄月」が最期の戦線に誉(ほまれ)を遺さんとする頃、とある神官による和平工作の報せが届いた…。

第四話「九州 円卓
  • 原作:八幡景綱
  • 編集:十三宮顕
円卓の騎士は物語の作者、登場人物であると同時に聴衆となる」
(国際大百科事典)

KYOHEI
吉野菫



KYOHEI
吉野菫

0 件のコメント:

コメントを投稿