東京と埼玉の県境を流れる、
荒川。これより北は、星川家が支配する農工業地帯になっている。それに対して南岸には、河川流域とは思えない、砂漠のような窪地が広がっている。ここは…18年前、あの忌まわしき小惑星の破片が、隕石として落下した
クレーター(crater)の一つであり、小惑星の天体名「
マガツヒノカミ」に因
(ちな)んで、今では「
禍津日原(まがつひはら)」などと呼ばれている。その禍津日原で今年、重要な出来事があった。それは、このクレーター地域の行政・軍事を統監する、
禍津日原総督府の本格稼働である。
禍津日原総督府は、単なる「地元の役所」的な役割だけではなく、
独自の軍隊とその指揮権をも有しており、仮想敵国である星川家の監視など、首都圏の治安対策に取り組んでいる。そして…ここからが本題なのだが、総督府には「
AB団」などと呼ばれる特務機関が存在し、スパイ工作員による諜報活動や、強力な傭兵部隊の育成、更には暗殺などの
死事(しごと)さえも請け負う…と言われている。彼らの人脈は広く、呪術博物館に居た橘立花は、ああ見えて実は総督府の副官であり、その窓際で童話を読んでいた華道家も、特務機関の関係者である。
元来、政治的な駆け引きを任務とするはずの情報機関が、どうしてオカルト分野に関心を抱いているのか? そもそも、ただでさえ人目に付きにくい隕石クレーターに、軍隊付きの総督府を建設し、御丁寧に特務機関まで用意したのは…何故か? その理由は、やはり偶然ではなかった。
是が非でも調査しなければならない対象を、彼らは見付けてしまったのである。それは…。