19世紀後葉、明治維新・戊辰戦争によって、江戸幕府は滅び、七百年間に及ぶ「武士の世」は終わった。250~300地域の藩が割拠し、更に維新軍(討幕派)と幕府軍(佐幕派)とに分断されていた日本列島は、朝廷を戴く新政府によって統一された。西南戦争などの士族反乱も次々と撃破される中で、新しき時代から取り残された武士達は、やがて歴史の陰影へと消え去った。そして、それから百五十年の歳月が過ぎた。
数多の戦争・災害と、先般の「武蔵野事変」による混乱を乗り越えた現代日本は、長期安定政権の統治下、オリンピックに象徴される好景気によって、来たるべき新元号の時代を夢想しながら、一時の平和と繁栄を謳歌し、国際的にも、東方アジアの緊張緩和が模索されていた。だがしかし、数十年来の積弊である膨大な借金と、社会保障・教育無料化・五輪開発などの巨額歳出、そして赤字国債の際限なき濫発は、国家予算を未曾有に圧迫し、遂に財政破綻・大恐慌の悪夢を現出した。日本政府の国際的信用が失墜する中で、東京・武蔵野・三鷹・栃木・伊豆・沼津など関東・東海地方の諸都市は、軍産複合国家アフィリランドの支援を背景に、自由都市としての独立性を強め、事実上の小国家群を形成しつつあった。かくして、我が国は再び分裂の危機と、再統合への挑戦、その岐路に立たされる事となった。
一方、数年前の大震災から復興しつつあった東北地方では、ヒトの姿でありながら人肉を捕食する、「食人種」と呼ばれる人喰い族の出没が、相次いで目撃されていた。この情報を把握した、一部の都市国家や軍需産業は、食人種の生態を研究し、生物兵器として軍事利用する計画を進めていた。その結果、人間をゾンビ化させるウイルスが開発され、それはやがて、「第二次武蔵野戦争」と呼ばれる武力衝突を引き起こす事になる。正体不明の未知なる侵略者に対し、都市同盟軍は決死の迎撃を試みるが、食人種ウイルスがパンデミックし、流言蜚語が錯綜する混沌の中で、各地域の住民同士が、互いを「ゾンビ感染者」ではないかと疑心暗鬼し、魔女狩りのように拷問・処刑するという、凄惨な「リアル人狼ゲーム事件」が頻発する。
こうした中、私・十三宮幸自身も教会騎士団の一員として、要塞化された東京湾に面し、羽田国際空港を擁する大森・蒲田の軍管区で、戦闘に参陣する事となった。そして、緒戦から最終決戦へと至る中で、比類なき活躍を魅せた謎の義勇軍、通称「アプリコーゼン中隊」の存在を知るに至った。元号が変わりつつある今、生き残った私は、この英雄達の言行録を軸として、武蔵野戦争の軍記編纂に参画し、記憶継承に携わり続けようと決心した。私達は何を得て、何を喪失し、なぜ戦わなければならなかったのかを解き明かし、それこそが、今となっては遠き日に旅立った戦友に対する、最大限の祝辞と成り得る事を祈って…。
あの小惑星が地球に衝突してから、三十年近くの歳月が過ぎようとしている。如何(いか)なる流星群よりも美しく、そして恐ろしく観(み)えた、星々の暴風雨。各地に隕石クレーターという名の傷痕を遺し、数多(あまた)の生命を殺し尽くし、少なくない国々を崩壊せしめた「石の魔女」。その混乱の中で、水素爆弾や弾道ミサイルなどの大量破壊兵器が流出・拡散し、軍事独裁政権やテロリストの手に渡る事態が懸念された。辛うじて生き残った私達は、来たるべき21世紀が、第三次世界大戦…いや、もっと深刻な「世界戦争」の時代に突入するのではないか…と戦慄した。だがしかし、その後の歴史は、意外な事に、最悪の想定よりかは、楽観的な方向へと進んだ。
十三宮 寿能城代 顕
「…余談ですが、貝塚は単なる廃棄場ではなく、食糧や道具を感謝して神の世に送るという、宗教的な空間でもあったと考えられています。また、大森貝塚を発掘したEモース教授は、埋葬された遺体が人骨として発見された事から、縄文時代に食人風習があったのではないかとの説を提唱しました…って生田君、何か質問ですか?」
生田兵庫大允
「明日の夜間演習、延期する事はできますか?」
十三宮顕
「別に構わないが、何か急用でも?」
生田兵庫
「実は親戚から、アイドルアニメの解散ライブに来い!と脅迫されていまして…」
斎宮星見
「は? 『アニメ』で『アイドル』? 一体どっちだよ?」
生田兵庫
「いや、それが…話すと長くなるから言わないけど、『アニメ』でもあり『アイドル』でもあるんだよ。確か、神戸のタイムラインにも写ってた」
斎宮星見
「何だそれ? 意味が分かんねぇよ」
十三宮顕
「まさかとは思うけど…それって、もしかして…」
小惑星の悪夢から立ち上がらんとした先人達は、死に掛けていた文明を再建し、次世代の者達を懸命に守り抜いた。そうして生まれ育った私達の多くは、平日には学校・塾から帰ったお茶の間でアニメに瞳を輝かせ、休日をひたすらゲームで潰し、漫画なのか小説なのか分からないような漫画小説(light novel)で読書感想文を済ませる、そんな若者文化を自明に受け入れながら成長した。驚くべき事に、それらの中に描かれていた「未来」は、この現実世界において、既に実現しつつある。映像の中に居るパートナーとの恋愛、異次元の舞台を生放送(live)する尊き偶像(idol)、シミュレーションとリアルを一体化したバーチャル技術。そして、それらを支えるために、今この瞬間も原子核や太陽光から生み出され続けている、莫大な電気エネルギー。
そう…滅亡の危機を経験し、それを繰り返してはならぬと決意した私達人類は、諸刃の科学技術を、破壊と戦争のためではなく、創造と平和のために応用して行く道を選んだのである。いや…正確には、そうであって欲しいと願っていただけかも知れない。
生田兵庫
「そう言えば星見君、バレンタインの予定は?」
斎宮星見
「黙れ大允(たいじょう)、もう終わった話だよ。それよりさ、アプリのコラボイベントで期間限定配信されたこの娘(こ)、可愛くね?」
最早(もはや)、神話と魔術の時代は終わり、人間と科学こそが全知全能だと過信する風潮は、日に日に強くなりつつある。戦争とやらも、今や作り話の中にしか存在しない出来事だと思っていた。そのはずだった。あのような形で、私達がもう一度、「世界の終わり」を目にしてしまうまでは…。
【速報】東京にミサイル着弾、電磁パルスと生物兵器による被害甚大、首都機能停止。 国籍不明機、多数侵入! |
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